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最高裁判所第二小法廷 昭和57年(オ)1419号 判決 1984年9月28日

上告人

西村真人

右訴訟代理人

新井清志

被上告人

株式会社 六郷ゴルフ倶楽部

右代表者代表取締役職務代行者

古山宏

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人新井清志の上告理由第一点の一について

株主総会における取締役選任決議の無効確認請求訴訟を本案とする取締役の職務執行停止、職務代行者選任の仮処分は、右本案訴訟の判決により確定的な解決がされるまでの暫定措置として、当該取締役の職務の執行を停止し、これを代行する者を選任する仮の地位を創設する仮処分であつて、右仮処分により職務の執行を停止された取締役が代表取締役である場合には、仮処分に別段の定めのない限り、右代表取締役は会社代表権の行使を含む一切の職務執行から排除され、これに代わつて代表取締役の職務代行者として選任された者(以下、この者を「代表取締役職務代行者」という。)が会社代表者として会社の常務に属する一切の職務を行うべきこととなるのであり、したがつて、当該仮処分の本案訴訟において被告たる会社を代表して訴訟の追行にあたる者も右代表取締役職務代行者であつて職務の執行を停止された代表取締役ではないと解するのが相当である。けだし、株主総会の取締役選任決議の無効確認請求訴訟は、会社の株主総会決議の効力自体を争うものであり、その性質上会社のみが被告となりうるのであつて、当該取締役個人は、右訴訟の結果いかんによつてはその地位を失うことがあるとしても、右訴訟につき被告適格を有するものではなく(最高裁判所昭和三四年(オ)第二五〇号同三六年一一月二四日第二小法廷判決・民集一五巻一〇号二五八三頁参照)、代表取締役が右訴訟の追行にあたることができるのも、専ら会社の代表機関たる地位に基づくのであつて、代表取締役個人の権利ないし利益に基づくわけではないのであるから、代表取締役が、仮処分によりその職務の執行を停止されながら、なお代表取締役個人の権利ないし利益の擁護のために会社代表者たる資格において右訴訟の追行にあたることを許さなければならないものとすべき理由はないからである。このように解しても、職務の執行を停止された代表取締役は、本案訴訟にいわゆる共同訴訟的補助参加をすることができるのであるから(最高裁判所昭和四二年(オ)第八六七号同四五年一月二二日第一小法廷判決・民集二四巻一号一頁参照)、代表取締役個人の権利ないし利益を擁護する途に欠けることになるとはいえないし、また、右仮処分の本案訴訟において何人が被告たる会社を代表して訴訟の追行にあたる権限を有するかは、本案の請求の当否とは別個の手続上の問題であるから、仮処分により職務の執行を停止された代表取締役は以後当該仮処分の効力として右権限を行使しえないことになるからといつて、右仮処分における判断が本案の請求の判断に影響を及ぼしたことになるわけのものではない。

以上と同旨の原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づき、又は原判決を正解しないで原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(大橋進 木下忠良 鹽野宜慶 牧圭次 島谷六郎)

上告代理人新井清志の上告理由

第一点 原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背があるから原判決は破棄されるべきである。

一、原判決は、商法二七一条が規定する職務代行者の権限として、本案訴訟の訴訟追行権を認め、被停止代表取締役の本案訴訟の訴訟追行権を否定した。商法二七一条の解釈について、職務代行者に本案訴訟の訴訟追行権があるが、被停止代表取締役に本案訴訟の訴訟追行権があるかについては種々検討する必要がある。商法二七一条の解釈については、会社の利益、株主の利益、株式会社の機関構成員(個人)の利益等を考慮しつつ、株式会社の実体、仮処分の本質、民事訴訟法の既判力の主観的範囲、当事者適格等を総合して検討し、判断しなければならないものである。

1 本案訴訟の訴訟追行権を被停止代表取締役に認めるべき理由は仮処分の性質上、仮処分の効力は本案訴訟に及ばないからである。

(一) この点、原判決は、仮処分の暫定的効力を肯定しながらも、「会社の業務執行及び代表権の行使に関する公権的措置であり、右仮処分決定に別段の定めがない以上、ある事項については代表取締役の権限として留保し、他の事項を職務代行者に行わせるというように当該権限の帰属につき二途を許すものではないと解するのが相当であるから」(原判決六丁表八行目から裏一行目)という理由で、本案訴訟の訴訟追行権を職務代行者に認めている。しかし、職務執行停止の仮処分の制度は、会社に回復することができない損害を被らしめるのを防止することにあるから、仮処分の効力の範囲はできるだけ狭く解するのが妥当であるから、被停止代表取締役に本案訴訟の訴訟追行権のみに限定して、その権限の留保を認め、他の権能を職務代行者の権能としても、必ずしも会社の諸活動が不安定となり、株主、債権者、その他の関係者が損害を被ることにはならない。

(二) 更に、原判決は、仮処分の性質上、その効力は本案訴訟に及ばないという上告人の主張に対し、仮処分の一般的性質を肯定したうえで、「仮処分に表示された判断は本案訴訟における請求の当否に関する判断を拘束するという効力を有するものでないことは肯認すべきであるが、ことは本案訴訟の追行権限という手続面に関するものであつて、自ら別個の問題であ」(六丁裏四行目から同七行目まで)る旨判示している。しかし、仮処分の効力は、あくまでも暫定的、仮定的なものであるからその影響力の範囲もできるだけ制限して解するのが妥当である。原判決の如く、本案訴訟の追行権の帰属を決するような重大な事項を単なる手続的な問題として処理すること自体、到底、肯認することができない。その理由は、請求の趣旨に対する判断は、訴訟追行の結果によつて、大きく左右されるものであるからである。形式的に請求の趣旨に対する仮処分の効力と訴訟追行に対する仮処分の効力を分離して、その効力の範囲を請求の趣旨に対する効力に限定する原判決の態度には賛成することはできない。

(三) 上告人は、従前から、仮処分の効力の及ぶ範囲は、その目的、性格に照らし、必要にして最少限度の範囲にとどめママべきことを理由に、仮処分の基礎となる本案訴訟の訴訟追行権を被停止代表取締役の権限に属する旨、主張してきた。この点につき、原判決は、「仮処分発令後に職務執行についてそれが仮処分の必要性に照らし停止の範囲外にあり、代表取締役の権限として留保されたものかどうかを詮議することを許すときは、仮処分に期待される保全機能を著しく減殺するのみならず、社団関係の裡に収捨し難い事態を招来するおそれすらあるのであつて(七丁一行目から同丁六行目まで)」と判示し、仮処分の効力の及ぶ範囲を広く解して、被停止代表取締役の本案訴訟の訴訟追行権を否定した。しかし、上告人が主張しているのは、代表取締役の権限の全般につき、個々的に、その権限が被停止代表取締役の権限に属するか、職務代行者の権限に属するかを決定すると言うのではなく、本案訴訟の訴訟追行権に限定して、被停止代表取締役の権限として、留保するという趣旨である。このように解すると、別に、代表取締役の権限の帰属自体を個々的に詮議する必要はなく、仮処分に期待される保全機能を著しく減殺するおそれは全くない。

2 本案訴訟の適切な運営のためにも、被停止代表取締役が本案訴訟の訴訟追行権を有すると解すべきである。

(一) 而して、この点につき、特に被停止代表取締役の利益をどのように解すべきかについて考慮する必要がある。そして、この点につき、原判決は、株主総会無効確認の訴を、形式的に、社団法上の訴訟と解し、被停止代表取締役に本案訴訟の訴訟追行権を否定している。すなわち、原判決は、「右訴が社団における意思形成過程及び意思内容の瑕疵に基づく違法の確定を目的とする訴訟であるという特質」(原判決八丁裏六行目から八行目まで)を重視して、被停止代表取締役の訴訟追行権を否定しているのである。しかし、株主総会無効確認の訴の実質は、飽くまで会社支配権をめぐる機関構成員個人の争いである。形式に捉われ実質を無視した原判決の理由は決して妥当なものではない。特に、本件のような小規模な個人会社において、原判決の理由は著しく失当であると言わざるを得ない。株式会社は、法形式上、自然人と異なる別個の法人格を有するが、自然人と法人の関係をどのようにみるかについて大きな問題があるので、念のため次のとおり略述する。

(1) 近代市民社会においては、法人格の主体は原則として、自然人であり、例外として一定の財団、社団に法的処理の簡便化のため、法人格を付与した。株式会社は現行法上、社団法人として規定されている。株式会社は明らかに法形式の上では、権利義務の主体である。従つて形式的に考えれば、会社自体の利益を肯定することができるが、他方、自然人である機関構成員の利益も併立する形で肯定することができる。自然人と法人の関係を実質的に検討してみると、法人は飽くまでも自然人の権利、利益追及のための手段的技術に過ぎないことが明らかである。

(2) 株式会社は、営利社団法人であつて、法技術上は、利益追及の主体である。然し、法人を自然人の利益追及のための法技術的手段とみれば、株式会社の構成員について、具体的に如何なる利益が存するかを個別的に検討していく必要がある。すなわち、

(イ) 株式会社は、多数資本を結集し、危険を分散して、大規模企業を可能にし、その為の法技術として、株式と間接有限責任という制度を採用している。この株式会社において、あくまでも自然人の利益追及のために自然人が会社に対し出資するのである。株式会社の運営については、企業経営の合理化のため、所有と経営の分離の見地から、機関の分化が進み株主総会、取締役会、代表取締役、監査役の各制度を採用した。

(ロ) 次に、株式会社の支配関係について考えてみると、株式会社においては、資本多数決の原則が支配し、株主総会、取締役会において、最終的に出資額(株式数)によつて、多数株式を有する者の意思によつて、会社自体が運営されるのである。会社支配を欲する者は、そのため多数の株式を獲得し、多額の出資義務を負担して、それを履行することになる。株式会社は、徹頭徹尾多数決によつて会社意思が決定されるのである。

以上のように考えると代表取締役の地位に就任する者は会社支配について多額の資金を会社に出資し、会社支配権を獲得することを企図するものである。

(ハ) 現行法上、取締役と会社の関係は委任の規定が準用されている(商法二五四条三項)が、他方民法の委任と異なり株式会社の営利的性格から有償委任となつている(商法二六九条)。このことは、取締役の地位が単に会社の機関構成員としての性格を有するだけでなく、取締役個人の利益も強く保障する必要があることを認めている。

以上から考えるとあまり形式的に会社の利益を考えるのではなく、機関を構成する自然人の利益を考慮にいれて法を解釈すべきである。すなわち、或る株主が、株主総会の決議無効確認の訴を提起し、取締役の職務執行停止の仮処分をなし、会社支配権の争が始まる。これらの会社関係の訴訟について、真に争点となるところは、本件事例の如く、株主総会の決議無効確認の訴の形式をとつた会社支配権の有無の争である。そうすると、株主と称する者から訴えられた会社においては、あくまでも、会社の機関としての代表取締役を構成する者(個人)に自己の利益を守るために訴訟追行権を認めるのが合理的である。

(二) また、原判決は、被停止代表取締役に本案訴訟の追行権を否定する理由として、職務代行者の行為又は共同訴訟的補助参加により、被停止代表取締役(個人)の利益を擁護できることをあげている。

(1) 原判決九丁表七行目「(ロ)また、……いわなければならない」(同裏八行目まで)の部分については、職務代行者が本案訴訟において、被停止代表取締役のために、事実関係を調査し、これに基いて、攻撃防禦方法を提出する等の訴訟活動を行うことは法律上はもとより実際上も可能であるから被停止代表取締役の利益は充分保護される旨の理由が附されているが、果して現実の問題として職務代行者が、被停止代表取締役のために充分に事実関係を調査し、攻撃防禦方法を提出できるかどうかについては大いに疑問がある。そもそも職務代行者が中立的な立場を維持しなければならないことは明らかであるが、中立性の維持と攻撃防禦の方法を提出し、相争う訴訟の当事者の地位が両立でき得るであろうか。民事訴訟と異る刑事訴訟法においては、中立性を要求する裁判所に純粋に判断者の地位を保たせるために訴訟構造を当事者主義とした。この意味は事実関係の調査探究に特段の事情がない限り裁判所は介入しないとしている(刑訴法第二九八条第二項)。このように中立的立場と訴訟当事者を兼ねることは、実際上極めてむずかしく、このことは経験法則に照して明らかである。本件のように株主と称する者から訴を提起され、その者のためにも中立であり(職務代行者は会社関係全般にわたり全て中立である)、更に、被停止代表取締役のためにも中立でなければならない。

然し、神ならばいざ知らず、人間が右のような技をもつことは出来るだろうか、事実本件における職務代行者が被停止代表取締役の防禦のために、どれだけ事実関係を調査しどれだけ証拠方法を提出したかを調査すれば、中立的立場にある職務代行者が、株主総会決議無効確認の訴を提起した原告のためにも、その訴訟によつて職務執行停止の仮処分を受けた代表取締役のためにも訴訟の準備をすることはできないことが明らかとなる。いくら中立的立場を主張しながら双方当事者のために事実関係を調査すると言つてもそれは結論としては職務代行者の主観によつてどちらか一方のために、本案訴訟の準備をすることになる。このような事態をさけるためには、おのずと本案訴訟における訴訟追行について、神ならばいざ知らず人間である職務代行者は、消極的な態度をとることになるのは必然である。以上のような関係を重視すれば、被停止取締役の利益を計ることができるかどうかについて「職務代行者の人選と当人の努力にまつ部分が少なくない」という原審の理由については、その合理性に問題がある。

(2) 次に、原判決一〇丁表三行目「(二)当裁判所は……できるのである」(同一〇行目まで)のうち、被停止代表取締役の利益を守るためには、本案訴訟の追行権を職務代行者に認めるとしても、被停止代表取締役の利益は共同訴訟的補助参加することによつて守られる旨の理由が記載されている。

たしかに、この点については、単なる補助参加と比べて共同訴訟的補助参加人には、上訴期間、被参加人に独立に中断、中止の事由(争いある)が認められるとされている。しかし、この点を検討してみるに、参加人は、被参加人の訴訟行為を被参加人にかわつてすることができるうえ、被参加人と異る訴訟行為もできるので、一見、参加人に不利益がないようにも見えるが、参加人の訴訟行為と異る訴訟行為が被参加人によつてなされること自体、参加人の不利益と謂わざるを得ない。たとえば、株主総会決議無効確認の訴の防禦方法として、請求原因の認否、抗弁の主張、証拠方法の提出等に参加人と被参加人の意見の相違が生じた場合には、明らかに参加人は自己の防禦活動の制約をうけざるを得ないのである。この点、参加人に上訴期間を独立に計算すること、被参加人と異る訴訟行為ができること、中断、中止を独立に認めること等の抽象的な理由だけでは、充分に、参加人の利益を保護することはできないのである。このことは、共同訴訟人独立の原則がとられている通常共同訴訟と全く異るのである。

従つて、職務代行者に本案訴訟の追行権を認め、被停止代表取締役に本案訴訟の訴訟追行権を否定して、被停止代表取締役の利益を計るため、共同訴訟的補助参加を認めれば充分であると言う考え方は誤りである。また、株主総会決議無効確認の訴の防禦方法として請求原因の認否、証拠方法の提出が、全く同じであれば、一方の訴訟行為は無用である。このように考えると、あえて本案訴訟の訴訟追行権を職務代行者に認める必要はないのである。このことは、仮処分の効力は本案訴訟に影響を及ぼさないという仮処分の本質に合致した結論であり、仮処分の目的にも適合する。<以下、省略>

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